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お笑いタレントだったと知ってびっくりする芸能人ランキング! 2位は金爆・鬼龍院翔、3位は泉ピン子。1位は演歌の大御所として知られる、あの国民的歌手!

[2021/7/19 13:40]

 芸能人には現在の姿からは想像もつかないような、意外な経歴を持つ人が少なくありません。

 そうした意外な経歴のひとつとして、あの人が!?と思うような大御所歌手や俳優で、お笑いタレントとして活動していた時期がある人も複数存在します。

 NTTレゾナントが運営するランキングサイト「gooランキング」では、お笑いタレントだったと知ってびっくりする芸能人は誰なのかについて調査を実施。20~40代男女500名の複数回答をもとに、ランキングを発表しました。



1位は、「北島三郎」!

 北島三郎さんは、1936年10月4日生まれの現在84歳。

 1954年に上京し、流しの演歌師として活動していた際に作曲家・船村徹さんと出会い、門下生となった北島三郎さん。1962年に「ブンガチャ節」でデビューを飾り、同年発売の「なみだ船」のヒットで一躍人気スターとなります。「与作」をはじめ、数々のヒット曲を生み出した演歌の大御所として不動の地位を築いています。

 そんな人気、実力を兼ね備えた演歌界のカリスマである北島三郎さんは演歌一本で勝負してきたと思われていますが、実は若かりし頃にお笑い芸人を経験した過去があります。

 師事していた作曲家・船村徹さんが、演歌歌手としてなかなか芽が出ない北島三郎さんに度胸をつけさせる目的で、お笑い芸人として活動する環境を用意したそう。

 その頃はギター漫才・ゲルピンちん太ぽん太の“ぽん太”と名乗って活動していたようですが、お客様の反応はイマイチで、3日ほどで帰されてしまったとか…。

 ほんのわずかの間とはいえ、演歌界の大御所がお笑い芸人としてデビューした過去を意外に思う人が多く、1位となりました。

2位は、「鬼龍院翔」!

 鬼龍院翔さんは、1984年6月20日生まれの現在37歳。

 2004年に結成されたエアーバンド「ゴールデンボンバー」で作詞・作曲・ボーカルを担当。2008年にCDデビューすると、翌2009年にはシングル「女々しくて」が大ヒットして「NHK紅白歌合戦」出場を果たします。メジャーレーベルからのオファーを断り現在もインディーズで活動を続け、作詞・作曲家として氣志團や大竹しのぶさんなどに楽曲提供も行っています。

 そんな鬼龍院翔さんは、実はアーティストとして活動する以前に吉本興業が運営するお笑い養成所・NSCに入所。ハリセンボンやライスと同じ9期生で、現在コンビ芸人「しずる」のツッコミとして活躍する池田一真さんと「チョコサラミ」というコンビを組んでいました。

 その「チョコサラミ」は方向性の違いでわずかな活動期間で解散し、鬼龍院翔さんはお笑いの世界での成功は難しいと感じて音楽活動に方向転換することになります。

 ゴールデンボンバーはサービス精神満点、いつでも全力なスタイルで知られています。お笑いとは違う道に進んでも、みんなを笑顔にするステージを作り続ける鬼龍院翔さんですが、本当に芸人だった過去については知らない人が多く、2位になりました。

3位は、「泉ピン子」!

 泉ピン子さんは、1947年9月11日生まれの、現在73歳。

 橋田壽賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」(TBS系)で演じた次女・五月役で女優としての確たる地位を築いた泉ピン子さん。多くの映画やテレビドラマに出演し、女優としてのキャリアを磨いてきました。

 現在では大御所女優として、出演するだけで画面に説得力が出ると言われるレジェンド的存在ですが、実はお笑いタレントとして10年ほどの下積みを経験しています。

 泉ピン子さんは、牧伸二さんに師事し、18歳で「三門マリ子」の芸名で歌謡漫談家としてデビュー。10年ほどの下積み時代を経て、1975年に「テレビ三面記事 ウィークエンダー」(日本テレビ)の番組リポーターを務めて大ブレイクします。「ウィークエンダー」に起用されたのを機に、芸名も現在の「泉ピン子」に改名しています。

 レポーターとして人気者になった泉ピン子さんですが、ドラマに起用されて女優としての才能が開花。1980年に「手ごろな女」(日本テレビ系)でドラマ初主演を果たし、「おしん」(NHK)の母親役でその演技が高く評価され、代表作となるドラマ「渡る世間は鬼ばかり」(TBS系)に出演。その後、橋田壽賀子さん脚本のドラマに数多く出演します。

 現在もバラエティー番組の歯に衣着せぬ発言で笑いを取る泉ピン子さんですが、もと芸人だったことは知らない人も多く、3位となりました。


TOP10はこちら!

 TOP10には、大御所の歌手や俳優・女優、大物司会者などさまざまな分野で活躍する有名人が並びました。

 4位の木下ほうかさんは、ドラマや映画で引っ張りだこの個性派俳優。現在の芸能界に欠かせないバイプレーヤー・木下ほうかさんですが、実は大阪芸術大学を卒業後、吉本興業大阪本社に入社して吉本新喜劇の団員として3年ほど活動していました。吉本新喜劇では思ったように活躍できなかったという木下ほうかさんですが、島田紳助さんから「俳優になりたいなら東京へ行ったほうがいい」との助言を受け上京。当初はVシネマを中心に出演していましたが、その演技力が認められしだいに主要な役を演じるようになります。

 バラエティ番組「痛快TVスカッとジャパン 」の“イヤミ課長”としてLINEスタンプも発売されるほどの人気者となった木下ほうかさんですが、姑息な課長ながらみんなに愛されるのは人柄はもちろんですが、吉本興業時代の経験も活かされているのかもしれませんね。

 gooランキングでは、42位までの全ランキングを公開しています。


<お笑いタレントだったと知ってびっくりする芸能人ランキング TOP10>

1位:北島三郎

2位:鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)

3位:泉ピン子

4位:木下ほうか

5位:竹中直人

6位:ゲッターズ飯田(放送作家、占い師)

7位:伊東四朗

8位:ブラザートム(バブルガム・ブラザーズ)

9位:稲川淳二

10位:ヒロミ

[工藤ひろえ]